「人は見かけによらない」という諺はよく言われることで、見た目と中身は違うもんだよ…という意味があります。
私の知人に見られる似たようなタイプの「人は見かけによらない」さんについて。
二人とも、言葉やふるまいはゆるぎなく強そうなイメージがあります。
A氏は、何かがあれば「とっちめてやる!」的な言葉づかいで激しさを感じます。ですが、好戦的というわけではありません。
B氏は、「無」でいることが得意です。あまり大きな声を出したり、感情を表出しません。
ある日、私があまりにも肩こりや頭痛がひどいとA氏にもらしました。「辛いですよね~」とA氏。
私は聞いてみました。「そういう時、あなたはどうしますか?」
すると、こう答えました。
「すぐに痛み止めを飲みます」。そしてこう続けました。
「割とプラセボが効くタイプなんです。飲んだからもう大丈夫だって思うんです。」「片頭痛とは認めたくない!」とも言っていて、なんだかそこにまたその人らしさが慌てて顔出したようでした。
薬の効果云々ではなく、飲む行為が大事というようでした。
その方は、私がしばらく健康診断に行ってないことにすごく心配をしてくれたり、友人たちとの飲み会も断ってコロナのワクチンのために日程をあけるというような面もあります。
B氏は、些細なことにけっこう影響されやすく、光や音で頭痛や吐き気がしたり、匂いでも咳込んだり具合が悪くなるような面があります。
ある時、ふつふつとあった日常の不満や疑問が、クッキリとあらわになるような出来事がありました。それによって相当ショックを受け、ひどく落ち込んでしまいました。その方はどちらかといと被害者的な立場。ですが、そこから逃れるためには自分がリスクを負ってもいいくらいの感じでした。
この方の評判は、「いつも動じない、涼しそうな顔をしている」です。この時も同じように何も肯定も否定もできない「負の無」に入っていました。
人は、自分の弱さをカバーするために「代償行為」をとることがあります。
代償行為とは、本来持つ感情や欲求に対し、ストレートに表現せず別の行動をとることで満たす行為のことです。
大抵は、傷ついたり弱い部分をカバーするための言動といえます。
人はなぜそのようにふるまうのか、話すのか、全体を見ていると、代償行為なのかその人そのものなのかわかってくる時があります。
また、B氏のようにとっさの出来事にどのように反応するのかもその人を知る手立てになります。
二人から学んだ出来事の覚書でした。