あなたはこんな経験をしたことはありませんか?
- 体感ではこのくらいの時間だろうと思っていても、実際の時計を見ると「まだこんな時間?!」「もうこんな時間?!」
- 今日、金曜日? なんか火曜日っていう感じがする~
- もう1か月くらい経ったかと思ってたけど、まだ1週間しか経ってないんだね~
実は、実態を とらえているようで いない のが時間。
なぜならば、<時間>は知的にとらえることが思いのほか難しいものです。
ちなみにWikipediaで、<時間>について読み進めると、「可逆的」だと書かれています。
よく「時間の流れ」とも言いますが、これは私たちが理解しやすいように「川」に喩えているに過ぎないそうです。そのような表現を使うことはポピュラーで、一方に向かう様子を自動的にイメージしてしまうため、「可逆的」ってなんか変…。
とても不思議な感じがしますが、これはホメオパシーの臨床では目にすることでもあり、自分自身でも経験したことがあります。
むしろ、これこそが治癒であり、健康。
こうは言っても多くの人が理解に苦しむかと思いますので、もう少しお伝えします。
わかりやすく解説できれば、私はハッピーですがどこまでできるかな?
人の悩みには、時間に関するものが多いです。
それは何時何分ということはなく、「過去」と「未来」。
悩み、すなわち悩みから発展する不調は、「過去」と「未来」にスタックしてしまったままであるということ。
「今、ここ」にいないということです。
「あの時、もっとこうしたらよかった…」
「あの時、あんなこと言われた…」
「あの時、ひどいこと言っちゃった…」
「これから、こうなったらどうしよう…」
「もし、○○しらたら△△になっちゃうのかな…」
こんな風に考えることってけっこうありませんか?
あなたの頭の中で繰り広げられる仮定の話で、「本当かどうか」ということはわからないものです。
自分の感覚と、実際の時の流れの不一致、さらに思い込みということも加味され悩みは難解になっていき、「病」まで発展します。
ホメオパシーがなぜこれを解消するのか?
「治癒に向かっていくクライアントさんにホメオパスは何を見ているのか?」という視点から話してみようと思います。
気持ちが前向きになったとか、痛かったものが痛くなくなったとか、検査の数値が下がったということもありますが、何よりも意識して見ているのは、「今」を意識するようになっているかどうか?ということに着目しています。
文字で書いてみると非常に簡単ですが、実際にはとても難しいことがわかります。
なぜなら、未来は無限であり、過去は膨大なデータが積み重なってきています。
「今、ここ」にあるというのは、ふとしたことでバランスを失いやすい場所(時とき)です。
未来にせよ、過去にせよ、何かあるのは当然です。
様々なものがトリガーになって、あなたの「今、ここ」から追い出そうとします。
流行り病かもしれないし、誰かが無頓着に発した言葉かもしれない。それによって一瞬にして、過去にも未来にもあなたを連れ出しとどまらせます。そのトリガー達が強いのではなく、あなたがそこにとどまる力が強力だということ。その物事に対して感受性が高いということになります。
私自身の話をしてみましょう。
以前は、調子よく暮らしていたはずなのに、急に落ち込んでしまうことがありました。気がついたら以前のようなレベルでものを考えたり行動したりできないのです。ハッキリとした原因がよくわからず、対処しようもない。抜け出るのも時間がかかってしまっている。ということが多々ありました。
ホメオパスの先生のもとを訪れ、相談します。
そうして、セッションを重ねるうちに自分の癖がわかるようになってきました。
落ち込むべき何かがやってくる→落ち込む→しばらく抜けられない…
ということをハッキリ意識し、自分を観察し続けました。
この「落ちている」ことに気がつくことすら大きな成長だと思います。
すると、多くの場合は1週間くらいはその状態であること。もっと言うなら何をやっても頭に浮かんで後悔や嫌悪の気持ちを抱くのは3日間であることに気がつきます。こうなれば、しめたもの。けれど、その後は抜けることができると意識することができるようになったので、3日間はもがかず、感情を友にしながらどっぷりそこに浸っている。どうせ抜けれるのだから、待ってよー。というように肩ひじ張らずにいられる。すると、「今、ここ」に戻りやすくなりました。
そして、私自身の価値はそこだけで判断されるものでもないことも知っています。他の場面では、多くの方が受け入れてくれたり、誰かの役に立ったりした経験も覚えています。
自分軸を持つというのは、そうやって「今、ここ」に戻ることができること。
自信というのも、自分を信じることができること。これもまた、「今、ここ」に戻ることができると、自然体で次の成果を生み出し、それが自分自身を信じる種になるのだと思います。
「今」を中心に、「過去」「未来」と区別できるようになることはとても重要です。クライアントさんの表現としては、「地に足がついている」とか「安定する」と言う方もいます。
わかりやすい例えで言うと、ご自分の過去を振り返った時に、当時の周りの様子もよく見え、自分の思い込みが実際とは違っていたり、他者の立場になって考えてみると…ということに気がつくことができるようです。
この過程は、何かのメソッドがあってそれに沿っていくものではなく、本人の中からタイミングを経て湧き出るものなのでハッキリと腑に落ちるようです。
よって、むやみに動揺しなくなったり(動揺しても元に戻るのが早かったり、大きな体調変化がない)、他者を気遣う優しさから人間関係が上手くいったり、自分を信じて着実に歩んでいくというような、充足した日を過ごされている印象があります。
細かく言えば、家事や仕事などやらなければならないというよう気持ちや時間に焦るばかりで成果がそれほどでもなかった…というようなことも、サクサク進む!余裕がもてる!と喜ばれることも多いものです。
ですので、できないことに罪悪感を持って自己卑下するということも減り、そうなると身体に出ていた症状もけっこう変わるものです。
「今、ここ」にも居場所ができ、自然体で生活をされているなぁと思うのです。
時間はいつでも同じように流れていていますが、感じ方の変化、過去の捉え方の変化はとても興味深いことだと思います。
過去の捉え方が変わると、未来を創っていくのは以前ほど難しくなくなるでしょう。そして必要以上に意識もしなくなるものです。
過去はそうだったかもしれない、けれど今は違う。
未来は誰もわからない、自分で作っていくことができる。では、今できることは何か?
そういった意識を持つことはとても大切なことで、人間関係も変わります。
そうそう。
時間について書かれている児童書があります。それは『モモ』。小さい頃から学校の図書館にもあったことは知っていますが、一番最初に手に取ったのはホメオパシースクール時代に先生が、「読むといいよ」と授業で紹介してくださったのがきっかけ。
読み進めていくうちに、その世界にどっぷりハマり最後のあとがきを読んだ時にぶっ飛びました!
『モモ』は〈時間〉とは何かを問うてる内容。
作者のあとがきの中で、この物語は列車の中で乗り合わせた謎の乗客から聞いた話であるといっています。その人物はこう言ってますという部分から引用します。
わたしはこの物語を過去におこったことのように話しましたね、でもそれを将来おこることとしてお話ししてもよかったんですよ。どちらもそう大きなちがいはありません。
私がこの本を読み進めた始めは、何世紀か前のことだと勝手に想像して読んでいましたが、中盤を過ぎるとまさに現代に言えることだよなぁ…、普遍的なものは変わりないんだなぁ…と思っていたので、この一文を読んだ時は鳥肌ものでした!
時間は可逆的。わかりそうでわからない概念ですが、学びを深めていきたいです。このブログもまた書き直す日がくるでしょう。
2023年4月
2023年8月